日舞、やっと動き出した時計

 

コロナ禍で悲しかったのは、踊りの先生がお稽古場を閉められたことです。(三味線、講談をやりつつも、踊りは続けていたのです)

 

「私ももう歳だし、いつまでできるか。だから、しっかり覚えてね!」とおっしゃるのを「まだ大丈夫ですよ!」と軽口でかわしていたのが、ついこの間、、。予定よりずっと早くその日がやってきてしまいました。

 

次の先生、どうしよう・・・と思っている間に時間だけが流れ、1年近くちゃんと踊っていない状態に。その間、友人の踊りの発表会に行っては、寂しい気持ちになりました。

 

今は三味線と講談がメインなので、前みたいに月3回お稽古する時間はありません。この二つが発表会のときは、1か月は踊りは休むことになります。月一回ペースでも、仕事が忙しい春は休みたい・・・

 

こんなワガママな条件をのんでくれる先生がいるんでしょうか??それがまず引っかかる。

 

普通のお稽古場なら、「上達しないわよ!」と言われるほどのペースですから・・・でも、踊りは続けたい。細々とでも続けたい!

 

姉弟子のRさん、彼女は定年退職したら踊りを教えたいという夢がある人で、目的が違うから同じ先生というわけにはいきません。それに、もう新しいお稽古場を見つけたという噂でした。

 

どうすっかなーと思っていたところ、ふと田舎の姉からLINEがありました。「友達のMちゃんの妹が唄った清元(きよもと)が、ラジオの「邦楽の夕べ」で流れるよ」とのこと。

 

清元というのは邦楽のジャンルです。今で言うと、歌謡曲、フォーク、Jポップ・・・ぐらいの違いで、長唄、清元、常磐津(ときわづ)と分かれています。

 

 

姉とMちゃんは高校時代からの仲良しです。その妹さんは、東京芸大出身で、清元の唄い手でもあり、レベルはラジオで流されるほどの達者さ。

 

もともとMちゃん姉妹は、芸事に熱心なおうちに育ちました。田んぼしかない田舎では有名だったらしく、以前、私はたまたま乗ったタクシーの運転手さんから「こんな田舎で、踊りやバレエを小さい頃からやって、芸大に行った人がいる」と聞かされたことがあります。

 

「Mさんに、妹さんの連絡先を聞いてくれる?」と姉に頼みました。もう、このタイミングで芸大出身の妹の話がくるなんて、

 

運命でしょう!!

 

以前は余り、前のめりで人間関係を作ったりしなかったですが、ここは一つ、頑張らねば!!というわけで、Mさんの妹、塩田さんに連絡を取って、お稽古日程を決めるという力技に出ました!!👏👏👏

 

しかし、ここから一波乱ありまして、、、

 

 

6月が第一回目のお稽古日でしたが、塩田さんの小学生のお子さんが熱を出し、流れました。

 

気を取り直して7月下旬に再設定したら、コロナの最盛期で、何か嫌な予感がして中止にしたんですが、その二日後に私が発熱→陽性。新しい先生を濃厚接触者にしなくてよかった・・・

 

9月に再々設定するも、その数日前に何と夫が陽性者に!!

 

満を持して10月に再々々設定し、やっと第一回のお稽古ができました!!長い!!最初の挨拶は「やっと会えましたね」・・・辻仁成じゃないですが・・・

 

長かった!!でも、メール一つで人間関係ができるとも思わないから、このぐらいの時間が必要だったということですね。

 

塩田さんは、子供の頃から踊りはやっているものの、今は唄の方が中心かもしれないし、もっと言うとお母さん業がメインかもしれない。でも、その加減が、私の細々やりたい希望と合っている気もします。

 

その日は小春日和のよいお天気でした。うちの道場に塩田さんをお連れして、踊りのお稽古やいろんなお話をして、あっという間に2時間がたってしまいました。

 

新しい先生が踊る一つ一つの仕草に、新しい可能性を感じます。同時に、前の先生ならどう踊ったかが、影のように私の脳内に現れてきます。不思議なことです。

 

久しぶりに踊って、「そういえば私、振りをなかなか覚えられない人だった」と思い出しました。一度に覚えられるのが少ないんですよね・・・でも、やっぱり楽しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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古波蔵ふう香
古波蔵ふう香
猫と和のお稽古にまっしぐらな私の毎日をつづります。