父の終活の話

 

父は昔の人だったので、今風の終活はしていませんが、父ならではのやり方で葬儀の準備をしていたのでご紹介します〜。

 

まず、父の葬儀は近くのJAで行いましたが、ここのJAにはもともと葬儀部門はありませんでした。

 

ある時、このJAに勤めているMさん(仮)という男性の身内のお葬式があって、父も参列していましたが、Mさんの際立つ段取り力、立ち居振る舞いに父は思わず、

 

「Mさん、あなたはお葬式を仕切るのがうまいから、その能力を生かして、あの農協に葬儀部門を立ち上げてみては?」と言ったそうで、

 

Mさんは「ええっ?」という感じだったのですが、ほどなくしてJAに葬儀部門が立ち上がりました。初代責任者は、何とMさん!

 

小さな地方都市のJAですが、これは今ではフツーになっているお葬式会館の走りになりました。

 

もう一つは、仏壇屋さん。

 

Kさん(仮)は、商店街に仏壇屋さんを開きたいなあと思っていましたが、適当な場所が見つかりませんでした。今から何十年も前ですから、駅前商店街が一番賑わっていた頃です。

 

また、その商店街には仏壇屋さんが既にありましたが、そこのご主人は、「そろそろお店をたたんで郷里に帰りたい・・・」と思っていました。

 

その両者を引き合わせたのが父で、Kさんは思いがけず商店街で仏壇屋を開くことができました。

 

しかし、最初は思ったほど売れ行きもなく・・・それを知った父は、大家さんに掛け合って、家賃を減額してもらうことに成功!

 

そうこうするうちにお店がはやってきて人手が足りなくなったので、Kさんが誰か適当な人がいないかな〜と思っていると、父は知り合いの女性に声をかけて、お店の従業員に!

 

その女性はKさんの奥さんとも大変気が合い、コロナ前まで、80歳近くまでお店に立ってくれました。

 

実家から歩いて5分のJAでお葬式ができてよかったです。沖縄の義父の時はマンションから離れていて、親戚の車がない時は行き帰りに苦労しました。

 

また、実家は分家で仏壇がなかったので一からそろえることになり、仏壇屋さんには何度も足を運んでもらいました。相当値引きもしてもらい、ありがたいー。父の遺影を見て、Kさんも奥さんも「こんな笑顔をよくされてましたよね、お父さんらしい写真ですね」と父の思い出話ができて心が癒されました。

 

これが父なりの終活でした・・・というか、まさか自分の葬儀に役に立つなんて、本人もびっくりしているんじゃないかな?

 

お稽古しろにゃ!