ふうちゃん物語(22)普賢菩薩と顕じ給ひ

 

タカシは、猫が本堂へ向かうのを見て、自分もそっと後をつけて行きました。本堂の扉の隙間から覗くと、二匹が普賢菩薩様の前に座っていました。

 

夜明け前の本堂は薄暗く、非常用の明かりだけがぼんやり照らしています。

 

猫たちはタカシに背中を向けて座っていて、その様子は何だかお祈りしているようで、かわいらしくもあったので、しばらく見守っていました。

 

コハルはずっとキンモクセイの木の下にいたので体にキンモクセイの香りが染み込み、辺りにもいい香りがしていました。

 

コハルが言いました。
「ミャー子、私が死んだら和尚さんに頼んで、新しい飼い主の元へお行きよ」

 

ミャー子はどきっとして、「何でそんなこと言うの?人間はもう嫌って言ったじゃない」

 

コハルはふふっと微笑んで、体がつらいのか横に丸まりました。

 

ふう

 

「意固地はおよし。いい人間と会えるかもしれないじゃないか。」

一生ってのは最後までわからないものだよ。子猫のときから決めつけるものじゃない。」

 

ミャー子は、コハルの胸が苦しげに、大きくゆっくり動くのをじっと見つめていました。

 

「私がそうだった。

 

何もいいこともないし、誰にも何も期待していなかったけど、あんたと会えて、「母さん、母さん」と駄々をこねられたり、じゃれてくれたり・・・宝物のような時間だった。

 

この小さな輝きが、今までの暗闇を帳消しにするほどの・・・

 

私の一生は、それに気づくための一生だっのかもね・・・暗ければ暗いほど、小さな明かりがありがたい。昼間の太陽のもとでは決して見えなかった光を・・・見逃さないで・・・抱きしめるための・・・」

 

「母さん!」コハルの声がだんだん途切れてきたので、ミャー子は思わず呼びかけました。

 

と、そのとき、仏様の方からふわふわっと金色の煙が出てきて、見る見る間にもくもくっと人の背丈ほどに立ち込め、美しい女性の姿を形取ったではありませんか。

 

暗い本堂は、まばゆいばかりの光と、白檀のような香りに包まれました。女性の後ろにはゾウもいて、長い鼻をゆったり遊ばせています。

 

タカシはびっくりして、声を上げられず、腰を抜かしてしまいました。「ふ、普賢菩薩!?」

 

「キンモクセイの香りを供えてくれたのは、お前だね?」

 

ふう

 

女性はほほえんで、腰をかがめてコハルの方にそっと手を差し伸べると、コハルの体の中から金色の光が出てきて、すっぽりと猫の形に女性の腕に抱かれました。不思議なことに、もう足は引きずっていませんでした。「おお、よしよし、いい子だね」金色のコハルはごろごろとのどを鳴らします。

 

ミャー子は目をまん丸にして身じろぎせず。

 

「お、落ち着け!落ち着け!」タカシは心を落ち着けようと目を閉じると、本堂いっぱいに光が広がり、普賢菩薩が猫を抱いて背中をなでているのが見えます。

 

目をあけると、薄暗い本堂に猫が二匹います。もう何が何だかわからなくなっていました。

 

ゾウが促すように、普賢菩薩の肩を鼻でちょんちょんしてきました。

 

「さあ、もう行きますよ」

 

普賢菩薩は、猫を抱いてすっとゾウの背中に打ち乗り、ミャー子の方を見てにっこり微笑まれました。大きな光のかたまりが、ゆっくりゆっくり天井の方に向かっていきます。

 

コハルは、じっとミャー子の方を見ていました。もう声は聞こえませんが、ミャー子の胸いっぱいに温かい気持ちが伝わります。「母さん・・・」

 

光のかたまりが天井を突っ切って見えなくなっても、ミャー子とタカシはぼんやりそこにいました。

 

どれくらい時間がたったのか、タカシが我に返ると、もう夜明けでした。いつの間にか雨はやんで、本堂の中にも明るい光がさしていました。「夢、だったのか・・・?」タカシは本堂の中にゆっくり入り、まだそこにいた二匹の体を腕に抱きました。

 

ふう

 

「ねえ、タカシ君知らない?」ミチコが住職である父に聞きました。「いや見てないけど?」朝ごはんの準備がすっかりできていました。母も見ていません。

 

「おかしいなあ、ずっと姿が見えないの。どこ行っちゃったんだろう?」

 

「ただいまー」

 

帰ってきたタカシを見て、ミチコも住職夫妻も仰天しました。タカシは何と、すっかり頭を丸めていたのです!

 

「いやー、知り合いの床屋叩き起こして、朝一でばっさりやってもらったよ。みっちゃん、オレ、役所やめるわ。ちゃんとした坊主になるよ」

 

「えーーーっ!?」この心境の変化に、ミチコも住職もびっくり。(続く)

ふうちゃん

投稿者プロフィール

古波蔵ふう香
古波蔵ふう香
猫と和のお稽古にまっしぐらな私の毎日をつづります。