「あの夜、確かに俺は見た。普通の人間が、いや、仏道に入った者でも生涯一度も見られないであろうものを見たんだよ。
本当に驚いたけど、怖いって気持ちは全くなくて、とにかくまばゆく、いい香りがして、美しい音楽まで聞こえてくるようなすばらしい光景だったよ。
でも、どうして俺みたいな人間に見せてくださったんだろうと不思議に思っていたよ。
結局、自分は、お経がピンと来ないとかいろいろ理由をつけていたけれど、仏を信じ切れていなかったんだ。だから、わざわざ猫を使って見せてくれたのかもしれない。
いい加減に信じろー!って、ショック療法で、尻を叩かれたんだね。」
タカシは腕に元気な赤ちゃんを抱いていました。「そうだったの・・・」ミチコは話を聞きながら洗濯物をたたんでいました。
「ぅぅ〜ん、んー、んー!」急に赤ちゃんがぐずり始め、「あれ?オムツかな?おっぱいかな?」新米パパはおろおろ。「あー、はいはい」ミチコが抱くと、赤ちゃんは安心してまた眠り始めました。洗濯物をたたむのはタカシにチェンジ。
タカシは子供の寝顔を見ながら続けます。
「思うんだけど、人間はもっと仏の存在を信じていいんじゃないかな。あの小さな猫でさえ普賢菩薩の胸に抱かれてあの世に帰るんだもの。
仏の加護の中にどっぷりつかっていながら「信用できない」と言う人間は、仏から見ると、小さな子供が親の懐の中でいやいやをしているようなものかもしれないなあ・・・と思うわけ。」
ミチコが目でうなずきます。タカシはちょっと照れて、坊主頭をなでながら、
「さすがに上司もこの頭を見たらもう何も言わなかったよ。
送別会には同期やらプロジェクトのメンバーやら大勢来てくれてね、「立派な坊さんになれよ」って。課長が来て「実はうちの猫が・・・」なんて猫談議で盛り上がって。いい職場だったな・・・何も恩返しはできなかったけど・・・。はい、終わったよ!これどこに置くの?」タカシの表情は清々しく、洗濯物がきれいにたたまれていました。
ミチコは、タカシの話を聞いて涙ぐんでいました。
あなたに兄のかわりをさせてきたこと、ずっと心苦しく思ってきた。優しい人だから言い出せないのだろうと・・・
ミチコとタカシの結婚話が出たとき、普段のドジなタカシだけ知っている母親は「何だか頼りなさそうな人ねぇ」と言いました。そんな中、亡き兄のマモルだけは「そうかな?いいやつだと思うけど。ミチコにしちゃ、いい人みつけたんじゃないか?」と明るく言ってくれたのです。
「兄さん・・・これでよかったのね・・・」どこかでマモルが、あの日と同じように笑ってくれているような気がしました。
さて、それから後のお話ですがーー。
ミャー子はタカシに保護され、新しい飼い主のもとへ行きました。タカシのもとへは春夏秋冬、ミャー子と飼い主の幸せな便りが届いています。
厚生労働省をやめたタカシは、僧侶の勉強を修め、お寺とキャット仲人協会に注力。
西円寺に猫専用のお寺「再縁寺」を併設し、猫のお墓から始まって、猫のお彼岸、猫の安産祈願、病気快癒、良縁祈願(保護活動)と「猫ちゃんの揺りかごから墓場まで」をキャッチフレーズに幅広く手がけたところ大当たりし、大勢の人がやってくるようになるんですが、これはまだまだ先のお話。
さて、チビたちのいる公園に話を戻しましょう。(続く)
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- 猫と和のお稽古にまっしぐらな私の毎日をつづります。
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