「さっきは叱ってごめんよー!夫婦仲よく暮らして長生きするんだよーー!」
お父さんの声、届いたよ。嬉しかった。
でも、できれば面と向かって言ってほしかったな。私の船が出た後じゃなくて・・
本当に久しぶりに会ったお父さん。3歳のときに別れたから、10年以上たっているのね。
私も14歳になりました。
亡くなったお母さんを知っている人からは、「顔立ち、人を呼ぶ声、姿もお母さんそっくりになったね」って言われるの。成長した私を見てほしかったな。
お父さんは目が見えないから、私の顔をなでたり、声を聞いたり。娘だとわかったときのあの表情で、すごく喜んでいるのがわかったよ。
でも、村人の手前、我慢したんだよね。
「今はどうやって食べているんだい?」と聞かれて、本当のことを言えないから、「大きな百姓家に嫁いで、十分な暮らしをしているの」と言ったら、「お前は武士の娘なのに、百姓の嫁なんかになって!」って怒り始めたの。
もう、お父さんったら。
でも、お父さんは誇り高い平家の重鎮、そして平家滅亡の後は反頼朝のシンボルだから、普通の父親みたいに喜べないんだよね。
頼朝は、怖い人。
あの人は、平家残党に神経を尖らし、怪しい者は残らず捕らえ処分した。
東大寺の盧舎那仏が再建され、お披露目の日にお父さんが頼朝の暗殺を企てたけど、あと少しのところで失敗し、捕らえられてしまった。
「お前の義侠心に免じて命は許す。
それ、源氏の白旗をお前にやろう。これを好きなだけ切り裂いて、思いを遂げるがいい」
頼朝はそう言い、部下の中には頼朝の懐の深さに涙する者もいたというけど、お父さんは多分、平家の武士として、腹を切って死んでしまいたかったと思うの。
でも、刀は没収され、死ぬこともできない・・・
残された小さな刀でお父さんが自分の両目を突いたのは「頼朝様の慈悲に感謝し、もう二度と命を狙わないため」と口では言ったけど、武士としての自分を葬るためだったのね。
周りのみんなは「武士の手本」とほめたたえたけど、そのときの頼朝は顔面蒼白、目は笑っていなかったそうね。
だからお父さんが宮崎県の田舎に流れ着いて、食うや食わずの生活をしていても、村人に監視をさせていんだわ。
私のことだけど。
3歳までしか一緒に暮らさなかったけど、記憶の中のお父さんは、いつも優しかった。一緒に絵を描いたり、お馬さんもしてくれたね。
別れる日にお父さんが「これから源氏との戦いになる。長く苦しい戦だろう・・・お前を連れて行くわけにいかないからお別れだけど、お父さんの娘だということを忘れないでおくれ」
忘れていませんとも。
盲目の人でも高い官位のある人は一生不安なく暮らせると、いつかお坊様に聞いたことがあるの。もともと上流階級の福祉政策だったみたいだけど、庶民でもお金を用意すれば官位が買えるそうね。
だから、お父さんのためにお金を用意しました。
置屋のご主人とおかみさんに、「お父さんのいる宮崎に行って一目会いたい、それさえ叶えば何年でも働きます」と言ったら、「何て孝行娘なんだろう」と泣いて、餞別までくれました。
友達は「3歳までしか知らない父親のためにそこまでする?」と引きとめてくれたけど、育ててくれた乳母も亡くなって、私にはもう家族と言えるのはお父さんだけなの。そのお父さんに、楽に暮らしてほしい。
私もお父さんに似て、思い込んだら命がけ・・・不器用なのかな?きっと怒ると思うんだけど・・・
11月の国立劇場でやっている「孤高勇士嬢景清」(ここうのゆうしむすめかげきよ)の粗筋です。娘の糸滝(いとたき)の独り言で書いてみました。
景清は、死に時を失い、宮崎で隠遁生活を送ってましたが、娘が自分のために身を売ったと知ると、それこそ血の涙を流し、身もだえし、受け取った金を投げつけます。
そして、景清の監視をしていた男にタイミングよく「今頼朝に従えば、娘が身を売ることもなく取り計らう」と翻意を促され、「今度こそ頼朝のために働く」と、平家の看板を下ろしました。
いろんなふうに解釈できますねー。めでたし、めでたしと言えない終わり方です。
多分、この後、景清は、娘が幸せになったのを見届けてから、さっさと亡くなるような気がします。何度も体制に従うふりをして、従っていない彼のことですから。
頼朝は、彼の周囲に与える影響力を恐れていたのだと思います。平家のシンボルが生きているということは、反勢力が集結しやすい。
景清の娘、14歳の糸滝は、雀右衛門さんが演じていました。かわいそうな身の上のはずですが、「しっかり稼ぎなさい」と言いたくなるような、ドーンとした存在感・・・笑
でも、完璧につくり過ぎると悲壮感ばかり残るので、いいのかも。
クライマックスの景清のセリフ
「積悪の災い、我が子に廻り報い来て、君傾城に身を落とせし、娘が身の油の価(あたい)にて、老いの命をつながんこと、娘が屍を食ろうも同然。但しは、外道畜類になれとの仕業か」
このくだりは何とか分かりましたが、全体的に言葉が難し過ぎてよくわからないんです。
ここは浄瑠璃は竹本葵太夫、人間国宝になったばかりで気合十分、三味線も感情がこもって、撥で思い切り引っ叩いているので、一緒に行った夫がびっくりしていました。なのに言葉が聞き取れない。シナリオを買って読んで、こりゃーわからんわーと納得しました。
観劇中のお母さんのモノマネだにゃ〜
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- 猫と和のお稽古にまっしぐらな私の毎日をつづります。
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